2024年4月15日月曜日

『アンネの日記』が最もよく売れた国は?

前々回の記事では、林 志弦著『犠牲者意識ナショナリズム』について簡単な感想を書きましたが、その中で「『アンネの日記』に関する記述については、そうかな?と首をかしげる所」があると

というわけで今回は、『犠牲者意識ナショナリズム』の中で気になった『アンネの日記』に関する記述についてツッコミを入れていきたいと思います。

アムステルダムの運河

気になった記述とは、以下のようなものです。

『アンネの日記』が最もよく売れた国が日本だというのは少し意外だ。1952年に初めて日本語版が出て以降、20世紀末までに400万部が売れた。少なくとも4種類の漫画版の販売部数と3種類のアニメ版を見た観客数まで足せば、日記に触れた日本人の数はもっと多くなる。
(第4章「国民化」の「東アジアの記憶とホロコーストの国民化」)

『アンネの日記』が最もよく売れた国が日本だというのは、私は少しどころか大いに意外に思いました。というか本当なのでしょうか? 少々納得しがたい気持ちです。1位は断トツで米国だと思っていたのですが……。米国に関しては、上に引用した部分の少し前に「米国では、ハリウッドのシナリオ作家が手掛けた脚本によるブロードウェー・ミュージカルのほうが本より関心を集めた」とあるだけ。

フランシーン・プローズの著作に「アメリカの高校生の約半数が課題図書として『日記』を読んだ」という記述があったので、当然日本よりよく読まれていると思っていました。「最もよく売れた国が日本」という記述の具体的な根拠を知りたいところです。

部数が書かれているのは日本とドイツだけで、ドイツの方は1950年の初版が4500部、1955年に累計70万部、20世紀末までに250万部だそうです。数だけ見ると日本よりかなり少ないですけど、人口も少ないですからね。しかも50年間のうち40年は東西ドイツに分かれていました。これは東西合わせた数なのか、そもそも『日記』は東西両方で出版されていたのか。そのへんの詳しいことがよくわかりません。

ドイツでの出版事情は Levy & Sznaider "The Holocaust and Memory in the Global Age" が出典のようです。250万部という数字はGoogle Booksにあるプレビューで確認できるのですが、それ以外の部分が見れない。

 ■ The Holocaust and Memory in the Global Age (Google Books)

電子版は出ていないようです。8,000円以上出して紙版を買えばわかるかもしれませんが、そこまでする?

400万部と250万部というのは累積部数なので、単純に人口で割っても仕方ないのかもしれませんが、でも人口比を無視して日本で「最もよく売れた」と言ってよいものか疑問です。

それに、他国語版に比して日本語版の部数が多いということは、かならずしも日本国内で人気があるということを意味しないと思うのですよ。もともと日本は文芸翻訳が盛んな国だからです。人口規模がそこそこ大きく翻訳が盛んであれば、部数は当然大きくなるでしょう。

「日本で400万部」の方は出典が見当たりません。1952年に初版が出た後、1986年に新訳版、94年に完全版と研究版が出ていますが(現在流通している「増補新訂版」は21世紀に入ってから)、全部合わせた部数なのでしょうか。

少し前に「報道1930」にドイツ出身のマライ・メントラインさんがドイツでの歴史教育について「『アンネの日記』全体を読んで皆で話し合う」とお話されていました(下記の動画40分あたりから)。


ドイツ「極右政党」なぜ躍進?ナチス台頭「1930年代」の相似形【2月2日(金) #報道1930】

日本の学校ではどうなのでしょう。私の時代にはそういうのなかったですね……当時使っていた教科書にも『日記』は載ってなかったし。そんなこんなで、日本人よりドイツ人の方がよほど真面目に読んでいるのでは? という印象があります。

もちろん、日本で売れていないとは言いません。1952年から70年以上続くロングセラーですし、教科書にも採用されているので、部分的にでも読んだことのある人はかなり多いはず。『私のアンネ・フランク』や『乙女の密告』などの二次的作品もあります。

ただ、それをもって「アンネ・フランクは特に日本で愛されている」と言って良いのかという疑問をずっと感じているのですよね……。

また「漫画版」については注意が必要です。最近出版された『グラフィック版 アンネの日記』(アリ・フォルマン編)は日記を漫画化したものと言ってよいと思いますが、それ以前から日本で出版されているのは、日記の漫画版というより、アンネ・フランクの「伝記漫画」ですよね。ドイツで誕生してから、隠れ家で逮捕されて収容所で亡くなるまでの一生を漫画で描いた作品です。もちろん、隠れ家での生活は日記本編に基づいていますが、個人的にはシュナーベルの『悲劇の少女アンネ』と同じカテゴリに入れたい感じです。つまり「偉人伝」的に盛ってる? と思われる部分があります。

そして「3種類のアニメ版」と、さらっと書いてありますが、本当に3種類あるんですか!?

いろいろ検索して探してみたのですが、1979年に放映された「アンネ・フランク物語」と1995年の「アンネの日記 The Diary of Anne Frank」(永丘昭典監督)しか見つかりません。もうひとつは何?

この『犠牲者意識ナショナリズム』は2021年に原著が出ているので、この記述に限っていえば、2021年の「アンネ・フランクと旅する日記」(海外作品)であるという可能性もギリギリありますが……でも「少なくとも4種類の漫画版と3種類のアニメ版」という数字は、2014年の「ハアレツ」紙の記事にすでに登場しているのですよね。もう1種類が何なのか、この記事を最初に読んだ時から実は気になっていたんです。ご存じの方、いらっしゃいましたら教えてください。

今回はとりあえずここまで。まだ続くかもしれません。

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