2021年7月29日木曜日

『日出処の天子』と『聖徳太子』その1

 前回、山岸凉子の『日出処の天子』について書きましたが、これについてもやはり触れておくべきかな。


聖徳太子を扱ったもうひとつの少女漫画。作者は『ベルサイユのばら』『オルフェウスの窓』などで有名な池田理代子氏です。

この作品、出版は1992年だったのですね。もっと新しい作品かと思っていました。というのは、2000年代に入ってからこの作品に関する記事を読んだ記憶があったからなのですが……。時系列で少々混乱していたので、この機会に整理しておきます。

まず、山岸凉子『日出処の天子』(以下『日出処』)は1980~84年に月刊誌『LaLa』に連載されました。

その後、四天王寺の管長から池田理代子氏に「聖徳太子の生涯を漫画化してほしい」と話をもちかけたのが1990年。池田氏はこの話を受け、1991年から94年にかけて、『聖徳太子』(以下『太子』)全7巻の単行本が出版されました(その後、99年に中央公論社で文庫化される等、複数バージョンあり)。

そして2007年に朝日新聞にインタビュー記事が載ったことがきっかけで「『日出処』のパクリではないか」と盗作の検証が始まり、検証サイトが作られ週刊誌に記事が載る騒ぎに。どうやら私が読んだのはこの時点での報道だったようです。

 検証サイト:池田理代子『聖徳太子』盗作検証Wiki

出版後10年以上も経ってから騒ぎになるって、普通はないですよね。90年代の出版当時、「人物のビジュアルが似ている」「ほぼ同じ構図の場面がある」など、ファンの間でちらほら話題にはなっていたようなのですが、その頃はまだネット時代以前。また『太子』の方は雑誌連載ではなく四天王寺の依頼による単行本での出版、という経緯もあり、読者もあまり被っていなかったのではないでしょうか。

上述インタビュー記事とは、朝日新聞5月14日夕刊に掲載された「ニッポン人脈記」ですが、その中にこういう記述があります。

「太子の顔に特定のモデルはありません」。しかし、史実にまじめに向き合った。<中略>
ところが、ある漫画家が、聖徳太子と蘇我毛人(そがのえみし)との「霊的恋愛」を描いた。「違和感をおぼえました」。池田は文献を読み、仏教学者の中村元(なかむらはじめ)らに助言をうけた。

「ある漫画家」の作品とは、どう考えても『日出処』を指しています(というかそれ以外ありませんよね)。パクっておいてこの言い方は何だと思った人も多かったようです。公式サイトの掲示板には批判的なコメントが寄せられたが、すべて問答無用で削除されたということもあったようです。

マンガ界での盗作事件といえば、ある少女漫画が『SLAM DUNK』から複数場面をトレースしたという指摘を受け、回収・絶版になったことがありましたが、それが2005年のことです。この頃にはもう、盗作疑惑があれば両者の画像を並べて「本当に似ているのか」「どの程度似ているのか」を検証するのがごく自然に行われる状況になっていました。

それが上記にまとめられた「盗作検証Wiki」です。

で、その後どうなったかというと特にどうもなっていないみたい。両者ともこの件に関しては公式なコメントを一切出していませんし、検証の方もネタが出尽くしたのか更新が止まってしまいました。

長くなったので2回に分けます。次は内容についてちょっと書いておきたいと思います。


2021年7月19日月曜日

山岸凉子『日出処の天子』

 今年は聖徳太子の1400年遠忌ということで、展覧会が2つ開催されます。そのうちのひとつ「聖徳太子と法隆寺」が、東京国立博物館で始まりました。

  聖徳太子1400年遠忌記念 特別展「聖徳太子と法隆寺」

というわけで、予習として中公文庫『日本の歴史』や『古事記』(もちろん現代語訳で)などを読みましたが、聖徳太子といえば外せないでしょう!というのがこれです。


若き日の聖徳太子(厩戸皇子)と蘇我毛人を中心とした物語。敏達天皇時代の末期から推古天皇即位までを描いています。

上にリンクした東博の展覧会は仏画や仏像を中心とするオーソドックスな内容ですが、秋に開催される↓こちらの方では、このマンガ作品も取り上げられるみたいです。

  聖徳太子 日出づる処の天子

この作品は、はるか昔に雑誌連載で読んでいましたが(年がバレます)、途中読んでいない時期もありました。で、今回改めて全体を通して読んでみて、やはり面白い!

(以下、少々のネタバレを含みます)

前半、蘇我と物部の争いがあり、王子と蘇我(毛人)がどんどんのしていく展開はスピード感があってワクワクしながら読み進みました。でも後半になっていくにつれ、王子の内面描写が多くなり、そうなると少々読むのが辛くなってきますね。そしてラスト、これで良かったのだろうかというモヤモヤはどうしても残ります。

前半の方は、主な視点が毛人です。毛人から見た王子は、美しく聡明ですべてを見通しているスーパーキャラ的な存在で、戦争でも政治でも状況をうまくリードしていました。しかし、そんな王子も完璧な人生を生きているわけではないということがだんだんとわかってきます。求める愛情を得られず、満たされぬ思いを抱えたあげく、文字通り地面が裂けるほどの大失恋。

刀自古(毛人の妹)の存在も印象に残ります。蘇我と物部の争いの中で暴行されたというトラウマを抱え、異母妹が殺され「争いごとでいつも女が犠牲にされる」という憤りは現代にもある戦時性暴力に直結し、古代の物語世界と現代の読者の感性をつなぐ重要な役割を持っていると思います。特に連載されていた媒体は少女漫画誌で、読者の大半は若い女性ですから。

刀自古と王子は、途中ちょっとうまく行きそうな場面もあったのですが、後日談の「馬屋古女王」を読んだ感じでは、やはりダメだったみたいですね……膳美郎女との出会いがなければどうだったでしょうか。

山岸凉子さんのインタビュー(対談だったかな?完全版7巻ではなく別の記事です)によると、布都姫(毛人の恋人)は人気がなかったそう。まぁこれは仕方ないかな……正直共感し辛いキャラでした。唯一、崇峻天皇の暗殺場面で落ち着いた様子を見せ、神宝を守りに来たところは良かったと思いますが。

脇キャラで好きなのは大姫の妹。厩戸王子との結婚を嫌がる姉の大姫に「そんなにおいやなら私と代わって下さいませな」という場面がユーモラスで面白かったですね。

「馬屋古女王」からちょうど1400年にあたる本年、東博の方は先週鑑賞してきましたが、秋の展覧会も楽しみです。


2021年7月11日日曜日

「オンライン展覧会」の可能性

東京都では昨年から緊急事態が何度も宣言され、美術館めぐりも難しい状況が続いていました。見る側としては「つまらないなぁ」程度で済んでいますが、美術館の側は大変だろうと思います。

そんな中で新しく「オンライン展覧会」という試みが始まりました。

オンラインの展覧会には、YouTubeやニコニコなどで会場の様子を動画で見せたり学芸員さんが解説したりするもの(基本的に無料)と、有料でデータを販売するものがあります。

浮世絵専門の美術館、太田記念美術館さんは有料のオンライン展覧会を note で開催しています。

 ■太田記念美術館 (note)

無料で読める記事だけでも十分面白いのですが、「オンライン展覧会」は展示作品すべての画像と解説を見ることができます。だから図録の代わりにもなりますよね。

ここで、1月に忙しくて行けなかった「和装男子」を購入しました。それで読んでみた結果、本物を見る体験の代替にはなりませんが、これはこれで「あり」だなと思っています。その理由をまとめてみました。

和装男子」(太田記念美術館)

理由1:画像と本物の落差が小さい

浮世絵は何といっても印刷物なので、もとが平面的です。油絵や彫刻作品だと、本物の持つ「生の迫力」があるし、日本画でも屏風なんかは立体感がありますよね。その点浮世絵は、実物とはもちろん違いますが、それほど差が大きくないように思います。

理由2:サイズ感が予想できる

画像や画集と本物の違いとして、サイズ感という要素も大きいと思います。実物を見て「あ、こんなに小さかったんだ」と思うことやその逆の体験、けっこうありませんか?

その点、浮世絵はサイズが割と統一されているので、「大判錦絵」というとどれくらいか、それが三連につながるとどれくらいになるか、だいたい想像がつきます。

理由3:展示空間が実感できる

これは完全に個人的な理由ですが、私はここ数年、年間パスポートを購入して皆勤賞で訪問していました。また、展示空間があまり柔軟ではなくレイアウトも基本的に毎回同じです。なので、「オンライン展覧会」に掲載されていた展示室の写真を見た瞬間、室内の様子がすごくリアルに想像できたのですね。行き慣れていない美術館だと、少々戸惑いがあったかもしれません。悪く言えばマンネリかもしれませんが、よく言えば安定しているというか「行った気になれる感」があります。

というわけで、浮世絵の「オンライン展覧会」は今後も活用したいと思います。7月12日からまた緊急事態宣言が出るとのこと。今回、美術館は休館にはならないみたいですが、状況によってはどうなるかわかりません。

感染症の一日も早い収束を願いつつ


2021年7月4日日曜日

1月~3月に鑑賞した展覧会

しばらくブログを書く余裕がありませんでしたが、そろそろ復活します。目標として週イチくらいでペースで更新したいと思っているのですが、どうなりますか。

まずは1月から3月にかけて鑑賞した展覧会を振り返ります。


■1月、2月

東京は新年早々に緊急事態宣言。今年は恒例の「美術初もうで」も自粛してしまいました。美術館は開館していましたが、2月までは仕事が忙しかったこともあり、ほとんど行けず…。確定申告の期限が1ヶ月延長されて助かりました。

結局鑑賞したのは江戸東京博物館の「古代エジプト展 天地創造の神話」だけでした。内容は面白かったです!古代エジプトというと「ピラミッド、ツタンカーメン、クレオパトラ」の3つが人気だそうですが、今回のテーマは神話。古代エジプトというと古すぎて、存在自体が神話の印象とかぶってしまうことがあるのですが、エジプトにもちゃんと天地創造の神話があり、エジプトの気候や文化と強い関連があります。世界の終わりまで記されているんですね。

もうひとつ、太田記念美術館の「和装男子」展は行けなかったので、代わりにnoteでオンライン展覧会を購入しました。展覧会のような体験ができるわけではありませんが、行けない時の代替としては「あり」かなと思っています。このオンライン展覧会については、別の記事でまとめて書きたいと思います。


■3月

3月に入り時間が取れるようになったので、緊急事態宣言までは週イチのペースで鑑賞できました。

ミティラー美術館コレクション展(たばこと塩の博物館)
インドの民俗絵画や工芸品のコレクション。人々の暮らしや祝祭を描いた身近なものから、世界観を凝縮した作品まで。展示されていた「上弦の月を喰べる獅子」という作品タイトル、どこかで聞いたことがあると思ったら、夢枕獏の小説にありましたね(読んでないけど)。

没後30年記念 笠松紫浪 ―最後の新版画(太田記念美術館)
最近注目を集めている「新版画」。江戸から明治になり、衰退する浮世絵の後継のように制作された木版画です。外国人向けの「お土産」として好まれたため、これまで日本では半ば忘れられた存在になっていました。

開催前にチラシを見て「なんてマニアックな」と思いましたが、行ってみると近代の風景の移り変わりや「こんなところに電線が!」みたいな発見が面白かったです。川瀬巴水は電柱を描くが吉田博は描かない、という作家のこだわりが見えたり。

サブタイトルに「ビジュアルコミュニケーションは可能か?」とあるように、デザインの美的要素だけでなく「伝え方」や社会/戦争との関わりに注目した内容。本館に20世紀前半、新館に後半の作品があり、インテリアと作品がマッチしていた点も良かったと思います。

「室内」をモチーフとした版画、ということで、これも実際に行ってみるまでどういうコンセプトなのだろうと思っていました。鑑賞した中では、ナビ派時代の「親密な空間」としての室内が好きかな。

「大吉原展」その2・展示感想編

東京藝術大学大学美術館で開催中の「大吉原展」について。開催前の炎上騒動については前回詳しく書きました。今回は展示内容についての感想です。 その前に、大事なことなので前回の注意事項を繰り返しておきます。 図録は大きくて重い。東京新聞のサイトから通販可 ひととおり見る...