※以下の文章は、大部分を3月14日~17日ごろにかけて書いたものです。伊藤詩織氏が東京新聞の望月記者を名誉棄損で訴えた件は、3月18日に訴訟の取り下げが報じられました。
東京新聞の報道問題の続きです。東京新聞が記事を一部修正したことについては、伊藤氏側がその記事を根拠に望月記者を名誉棄損で訴え、それが新聞やWeb記事で報じられたことで、一気に注目が集まったように感じています。
前回検証したように、記事の見出し部分には誤りがありましたが、それ以外の記事本文などを「誤報」とするのはちょっと言い過ぎというか、それこそ「誤解を招く表現」ではないかと思っています。なので、伊藤監督がなぜ、東京新聞ではなく望月記者個人を訴えたのか不思議でした。通常、見出しを付けるのは記事を書いた記者ではないので。
SNSを見ていると「東京新聞は誤報を認めて謝罪したが、望月記者は頑なにそれを認めずSNSで誤情報を広めているから訴えられたのだ」という見解が散見されました。Arc Timesの下記動画などを見ると、実際そうだったみたいですね。※その後、提訴を取り下げた時に弁護団から声明が出ましたが、そこにもそう書いてありました。
SNSで訂正していないことが提訴理由らしいというのは上記の動画でわかったのですが、それに気づくまではずっと不思議でした。動画の中でも、最初の方で少し触れただけなので初見では見逃していました。
それにしても、何だか納得し難い気がします。東京新聞公式アカウントによるX/Twitterのポストも消されていませんし(3月17日現在)、「本文に誤りはない」という見解は東京新聞も望月記者も一致しているとのこと。SNSが理由なら削除依頼が先でしょう(望月記者はYouTube等で、何の前触れもなくいきなり提訴されたと語っています)。いきなり提訴してはいけないという法はないとはいえ、「なぜ?」とは思いますよね。
騒動の初期に読んだブログでは、新聞社ではなく記者個人を訴えた理由は、誤報を認めない記者の頑なな態度に原因があるのだろうとしたうえで「沖縄タイムスの記事を読む限りそうとしか思えない」とあったので記事を読んでみましたが、そこまで言えるとも思えなくて。報道記事を探しましたが、紙面で報じていたのは沖縄タイムスと神奈川新聞のみ。他には産経新聞のWeb記事しか見つかりませんでした。
というわけで、この件を報じた新聞記事の文章を真剣に読んでみることにしました。新聞記事には実際の所、何が書いてあるのでしょうか。
沖縄タイムスの記事は現在有料記事になっていますが、報じられた当初は誰でも全文読める状態になっていました。現在も魚拓が残っています。そこから具体的な事実を述べている記述を引用してみましょう。
伊藤詩織さん、名誉毀損で東京新聞の望月衣塑子記者を提訴 映画を巡る記事は「事実と異なる」 望月記者「誤りはない」
<略>望月記者は1月14日、同紙サイトに記事を執筆した。記事は「女性記者たちが性被害などを語った非公開の集会の映像が、発言者の許諾がないまま使われていたことが分かった」と指摘。映画の中で集会参加者が「20代のころ、詩織さんと似た経験した」と語ったことを紹介した。 伊藤さん側は訴状で、この参加者から映像使用の許諾を得ていたことを明らかにした。<略>
うーん。どうですかこの書き方。提示された事実部分を抜き出すと
(1) 映像が発言者の許諾を得ずに使われた[東京新聞記事]
(2) 集会参加者が自分の経験を述べた[東京新聞記事]
(3) 伊藤監督は「この参加者」から許諾を得ていた[伊藤氏訴状]
この3つです。
もちろん、これらはすべて間接的な記述です。東京新聞にこう書いてある、訴状にはこう書いてあるということで、その内容を確認した――たとえばその参加者本人に直接聞いた、などとは書かれていません。その点は注意が必要かもしれませんが、ここではとりあえず上の3つを「提示された事実」として読んでいきます。記事を読む読者が何を知りたいか、という点が重要だと思うので。
この3つはそれぞれ独立した別の文に記述されており、その3つの事実がどのような関連にあるのか明示されているわけではありません。しかしこの文脈の中では、(1)の「発言者」、(2)の「集会参加者」、(3)の「この参加者」は全員同一人物であるように読めませんか?
そうであるとすれば――上記の3人が全員同じ人であり、かつ(3)が事実であれば(1)は間違った記述ということになります。つまり東京新聞の記事は完全アウトの誤報です。
しかしそうでないことは前回詳しく述べたとおりです。(2)と(3)は同じ人ですが、(1)は別人。それは、東京新聞の記事を本文までちゃんと確認していればわかるはずなのです。報道によれば伊藤氏が提訴したのは2月10日、司法記者クラブにそれを通知したのが2月13日、沖縄タイムスの記事は2月14日付けですから、見出しも本文もとっくに修正済みのはず。
……という前提でもう一度(1)から(3)を読んでみるとどうでしょう。映像の使用を許諾していない発言者は確かに存在しているので(1)は正しい。そして(2)と(3)も正しい。しかし全体を続けて読んで、そう理解できるでしょうか。私は無理。上記を書くために10回以上読み返しましたが、沖縄タイムスのこの記事だけでそう読み取ることは不可能だと思いました。
つまり沖縄タイムスの上掲記事は、すべて事実として正しいことを述べていますが、誤った結論に導いている。東京新聞が(完全アウトの)誤報をしたという事実を提示せずに、結果としてそういう印象を与える記事になっています。
全部わかっていて、敢えてこのように書いたのだとすると、まるで叙述トリックじゃないですか!?
まぁ「敢えて」ではないと思います。新聞記事のこういう書き方、それほど珍しいことではないんですね。よく注意して読むと独立した事実を別々に述べているだけなのに、文中での並べ方から、そこに書かれていない関連を読み取ってしまうことってありませんか?後からそれが間違いだっとわかり、誤報だったのかと読み返したら「あれ?よく見たら違った」と思ったこと、以前にもあったような気がします。
そして記事の末尾には
望月記者は本紙の取材に対し、「記事に誤りはないが、可能な範囲で伊藤さん側の意向に沿った対応をした。私個人に訴訟の負担を負わせ、言論活動を抑える意図を感じざるを得ず、誠に遺憾だ」とコメントした。
というコメントが紹介されています。他紙の記事でも全部同じコメントなので、取材にはすべて定型文で答えているのでしょうね。「私個人に訴訟の負担を負わせ、言論活動を抑える意図を感じざるを得ず」の部分は、少々踏み込み過ぎというか逆に反感を招くような気がしました。
前回の記事で「東京新聞が報じた内容はまるごと誤報だった」という誤解があると書きましたが、それはこの記事の影響があったかもしれません。「望月記者が頑なに誤りを認めない」の方はどうかというと、それほどでもないかな?影響があったとすれば上記のコメント部分かなと思いますが。
新聞ではもう1紙、神奈川新聞が紙面で記事にしています。
■ 東京新聞の望月衣塑子記者を提訴 伊藤詩織さん、映画巡る名誉毀損で
この記事は最初から会員限定だったようです。少なくとも私は本文をWebで見た記憶がありません。データベースで検索してみました(一部モザイク処理)。
神奈川新聞の記事は沖縄タイムスより文字数が多く、伊藤氏側の訴状の内容を詳しく紹介しています。具体的事実としては東京新聞の修正前の見出し、望月記者のSNSでの投稿、その後に訴状の内容(つまり伊藤氏側の言い分)を紹介し、その後
東京新聞は今月7日、見出しの訂正と記事の一部修正を行い、冒頭に「集会の映像の中で自身の性被害について語っていた女性からは伊藤さんが映像使用の許諾を得ており、誤解を招く表現だったことをお詫びします」と謝罪した。一方、望月記者は自身のSNSアカウントなどで謝罪を表明することなく、フェイスブックの投稿も事実と異なる発信をしたままにしている。
と述べています。望月記者のSNS発信について触れていますが、よく読むと、望月記者がSNSでの発信をそのまま残している、という事実を述べただけで、別にそれが提訴の理由だとは書いていませんね。これは「地の文」、つまり記者が直接確認した事実として書かれています。
この点、沖縄タイムスの所で書いたのと同じ罠に落ちそうな危うさは感じました。記者のSNS発信が原因で提訴されたと明言せずにそういう印象を与えているので。ただしこの場合は事実そうだったので問題ないのかもしれませんが。
この件についてはもう1社、産経新聞がWeb版のみですが記事を出しています。ネット上で全文読めるし、ここまで書いてきて少々疲れたので詳しく論評しませんが、紙面の制約がないせいか、これがいちばん詳しい記事になっています。BBDに関する他の許諾問題にも触れ、集会の参加者についても「許諾していない参加者もいる」ことを明記し、東京新聞と望月記者に対しては三紙の中で最も肯定的な内容となっています。
■ 伊藤詩織さん、監督映画巡る記事で東京新聞の望月記者を提訴「利己的な人との印象与えた」
記事中には、「その1」で述べたような他の無許諾映像についても記述されていました。必要な背景情報として書かれたのだと思いますが、東京新聞記事で問題とされている「集会の映像」とは直接関係がないので、この件について初めて知ったという人は少々混乱するのではないかと思いました。
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