旧ブログに書いた記事を再掲します。これは2016年の12月に『アンネの日記』とその関連本を何冊か読んだときに書いたものです。最近、フランク一家の「隠れ家」を密告した新たな「容疑者」が特定されたり(これについては後日取り上げたいと思います)、新作のアニメが来月公開されるなど、アンネ・フランクへの注目が高まっているようです。
現在ウクライナが大変なことになっていますが、ウクライナのアンネ・フランクが生まれないことを祈りつつ。
※以下の文章は、2016年12月23日に旧ブログ(http://hermitage.rdy.jp/days/?p=1209:現在はデッドリンク)に掲載したものです。公開後、この文章をコピペ改変して載せているサイトを発見しましたが(現在は確認できず。削除されたのかもしれません)、そのサイトと当ブログはいっさい無関係です。
※本の紹介に一部追記があります。
最近、「テーマ読書」的なことをするようになりました。同じテーマの本を集中して何冊か読むのです。読書管理にはノートと並行してブクログを使っていますが、ただ漫然と「読みたい」「積読」の本を追加しているだけでは全然読書がはかどらないので、「今月はこれを読む!」的な何かが必要な気がします。
11月は『アンネの日記』とその関連本を集中して読みました。なぜ今頃? という気がしないでもないのですが……きっかけは、もう3年近く前になりますが、東京都の図書館で『アンネの日記』やホロコースト関連の本が集中して破られるという事件が発生したことだったと思います。
■ 「アンネの日記」 都内の公立図書館で250冊以上が破られる被害
その時に「そういえば読んだことなかったなぁ」とは思ったものの、騒動の最中に借りるのは何となくためらわれて、何となくそのままになっていました。
で、まぁ今回ようやくですが読んでみようかなということになりましたので。読んだ物をご紹介します。
まずは何といっても日記本体ですね。これも何種類かバージョンがあって紛らわしいので整理してみます。
現在流通しているのは、この「増補新訂版」です。これが最も新しく、内容的にも完全なバージョンです。単行本・文庫・Kindle版がありますが、内容はすべて同じだと思います。私はKindle版を購入しました。2003年の発行で、深町眞理子訳。
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少々歴史をさかのぼると、この『アンネの日記』が最初に翻訳されたのは1952年(昭和27年)のこと(皆藤幸蔵訳)。英語版からの重訳で、最初は『光ほのかに―アンネの日記』とういタイトルだったそうです。その後、70年代になって文藝春秋社から新版の単行本と文庫本が発行されました。
文庫版の↓この表紙は、子どもの頃よく見かけていた記憶があります。内容的には上掲の『光ほのかに』と同一、まぁ多少改訂されているでしょうが、基本的には同じ内容だと思います。
で、最初の発行が昭和20年代ということで、さすがに文章が古色蒼然としてきた――からだと思いますが(想像)、80年代に新訳版が発行されました。これも英語からの重訳だと思いますが、1986年発行の深町眞理子バージョンが登場します。
しかしこれは、最初の皆藤訳と同じく、アンネが書いていたオリジナルの日記から冗長な部分や「不適切」と見なされた部分を削除した版でした。
ご存知のとおり、日記を書いたアンネ・フランクはナチスの強制収容所で病死しました。母親と姉も死亡し、ただ一人生還した父のオットー・フランク氏が日記をまとめて編纂したのです(一家が逮捕された後、日記は協力者だったミープ・ヒースが保管していました)。日記には母親への批判や愚痴、性についての具体的な記述なども書き連ねられていましたが、そのあたりの記述がオットーさんや出版社によって削除されました。また、当時存命だった関係者に配慮する形で伏せられた部分もあったのでしょう。
日記本体は、80年にオットー・フランク氏が亡くなった後、オランダ国立戦時資料研究所に寄贈されます。その後、最初の版から削除された部分を統合して出版されたのが、この「完全版」。オランダ語版は1991年、邦訳版は1994年発行です。
ところが、この「完全版」が出た後に未発表の日記の一部が発見されます。NY在住のスアイク氏が、オットーさんから託された5ページ相当の日記を所持していることが明らかになったのです。この5ページをめぐってスアイク氏とアンネ・フランク財団の間で何やら紛争があったそうですが、ともかくその5ページを収録したのが、冒頭で紹介した(現在流通している)「増補新訂版」ということになります。これ以上の未発表原稿は、さすがにもう出て来ないでしょうね。
さて、日記本編についてはこれぐらいにしておいて、関連本をいくつかご紹介します。ただし、残念ながら現在は大半が絶版もしくは品切れで入手困難になっています。
日記本編の他にもう1冊だけ、と言われたらこれを挙げます。隠れ家に潜行していた人々を物質面でも精神面でも支え続けたミープ・ヒースさんの手記。アンネはずっと隠れ家の中で日記を書いていたわけですが、その間外の世界はどうなっていたのか? ということがわかります。
アンネ・フランクの伝記――隠れ家に入るまでのフランク家の生活や当時のドイツ・オランダの情勢、そして日記出版に至るまでの経緯がわかります。『伝記』と『生涯』、どちらを読んでも当然ながら事実関係は同じですが、『伝記』はアンネ本人に注目し、『生涯』はアンネを取り巻く人々や状況を幅広く捉えているというように感じました。上に書いた、未発表日記(最後に収録された5ページ)をスアイク氏が所持しているという事実は、ミュラーの『伝記』で初めて明らかにされたことです。
『伝記』では、後に日記がどう編集されたかなどを隠れ家時代の章に記述していますが、構成としてはは伝記らしくアンネが死ぬところで終わります。関係者の「その後」については本文の後に一人ずつ項目を作って説明していますが、姓の50音順で並べてあるので少々わかりづらい。「あの人はどうなったんだっけ?」と思っても、フルネームを覚えていないとなかなか探し出せないのです。
『生涯』はアンネの死後に日記が出版されてベストセラーになるところまで章を設けて記述しているので、時系列としてわかりやすいです。ただ、他の関連本からの引用が多く、ダイジェスト的な印象になっていることも否めません。なので、まぁ好き好きといったところでしょうか……。
この2作より前にエルンスト・シュナーベルの『悲劇の少女アンネ』が出ていますが、それはまだ読んでいません。
ジャクリーヌ・ファン・マールセンはアンネの学校時代の友達。潜行する直前の時期には、いちばんの親友だったようです。エヴァ・シュロッスはアンネの生前に親しかったわけではありませんが、エヴァさんのお母さんが戦後にオットー・フランク氏と再婚したため(お父さんとお兄さんは収容所で死亡)アンネが亡くなったずっと後になってから義理の姉妹ということになりました。
ファン・マールセンは、この『アンネとヨーピー』でアンネとの思い出や自分自身の戦争体験を綴るとともに、戦後の「アンネ・フランク現象」ともいうべきものに批判をくわえています。つまり、アンネやフランク家についてよく知りもしなかった人々が、日記がベストセラーになった途端に「アンネをよく知っていた」「親しかった」などと言い出し、大幅に脚色した(もしくは架空の)思い出話をいろいろ話し出すようになった――というのです。
そういった批判はエヴァ・シュロッスにも向けられています。エヴァは潜行する前のアンネと一緒に遊んだことがあり、大人っぽく振る舞うアンネに憧れていたというようなことを書いているけれども、ファン・マールセンも、幼い頃からアンネと親しかった別の友達も、エヴァのことをまったく知らなかった――一緒に遊んだどころか面識すらなかったのではないか、というのです。
この『エヴァの時代』にも、アンネについての作り話が「たくさん書かれている」とお怒りの様子なので、どんなものなのかと思ってこちらも読んでみました。でも、読んでみた感じ「たくさん」というほどたくさん書かれているわけではないですね。内容の大半はエヴァ自身の半生、特にアウシュヴィッツに収容されてから解放されるまでの話が重要な部分を占めており、アンネについて書かれているのは約250ページの(邦訳)本文のうち3ページぐらいなのです。
その内容は事実ではなかったかもしれないし、親友としてはそれが許せなかったのかもしれませんが、この本自体はそれを抜きにして、原題どおりエヴァの物語(Eva's Story)として読むべきではないかと思います。エヴァの一家は、フランク家と同時期に潜行し(労働奉仕の招集が同時に来たため)、ほぼ同じ時期に密告で逮捕されているのですが、隠れ家暮らしはかなり違ったもので、こんな風に隠れていたケースもあったのか、ということがわかります。
追記:これは現在、『エヴァの震える朝』と改題され、インタビュー等を加筆して朝日文庫から刊行されています。
研究者向けの大著です。現在は絶版のようですが、一般の読者には必要ないかと……。いわゆる「偽書説」に興味がある方には有用な内容だと思います。日記に使用された用紙やインク、そして筆跡の鑑定結果などが記載され、「戦後にでっち上げた偽書だ」とする説を否定しています。
上述の「増補新版に追加された5ページ」は、ここには入っていません。英語版は、その部分を追加した最新バージョンが2003年に出版されています(オランダ語版もあると思いますが探せませんでした)
The Diary of Anne Frank: The Revised Critical Edition
半世紀以上も前に出版された世界的なベストセラー、ということで、本編も解説・関連本もたくさん出ている『アンネの日記』ですが、テーマ読書としてはこのへんで一区切りにしておこうと思います。どちらかというとアンネ本人よりも、ナチ占領下のオランダ社会や、日記を取り巻く社会現象のようなものに興味があります。
最後に、出版年の時系列を簡単にまとめておきます。「~語版」と特に断りのないものは原著の出版年です。
- 1947 オランダ語版『日記』
- 1950 ドイツ語・フランス語版『日記
- 1952 英語版・日本語版その他各国語版『日記』
- 1980 オットー・フランク氏死去
- 1986 『研究版』(オランダ国立戦時資料研究所 編)
- 1987 ヒース『思い出のアンネ・フランク』
- 1988 シュロッス『エヴァの時代』
- 1990 ファン・マールセン『アンネとヨーピー』
- 1991 オランダ語版『完全版』
- 1994 日本語版『完全版』『研究版』
- 1998 ミュラー『アンネの伝記』
- 2000 リー『アンネ・フランクの生涯』
- 2003 日本語版『増補新訂版』
- 2003 英語版『改訂 研究版』
日本で『完全版』と『研究版』が発行された翌年に、同じ文藝春秋社で例の「マルコポーロ」事件が起きているんですよねぇ……。たしかあの当時、文春側は誌上での「論争」をやろうとしていたように記憶しています。今だったら「炎上マーケティング」を疑ってしまうところですが、さすがにそれは邪推というものでしょう。
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