2022年3月16日水曜日

『アンネ・フランクの密告者』

前回にちょっと紹介した『アンネ・フランクの密告者』は、元FBI捜査官を含む「コールド・ケース」チームが、1944年にフランク一家の隠れ家を密告した「犯人」の正体を暴く――という内容です。


アムステルダムの社屋の裏に隠れ住んでいたアンネ・フランクの一家は、1944年の8月に発見され、強制収容所へ送られました。この摘発は、何者かが密告したためではないか――ということが長年言われており、一家の周辺にいるさまざまな人が「容疑者」として名指しされてきました。日記本文でもあまり好意的に書かれていなかった倉庫番、清掃業者とその妻、ベップ(協力者の一人)の妹など。また、周辺の住民が物音などで気付いて通報したという可能性もありました。

数年前には、密告ではなく食料の偽造配給切符の捜査中にたまたま発見されただけではないか――という新説を「アンネ・フランク・ハウス」が発表し、話題になりました。

2016年には、さまざまな疑惑を精査し直そうという「コールド・ケース」プロジェクトが立ち上がり、これが本書の基になっています。

(以下、内容の紹介など)

本書は大きく第1部と第2部に分かれており、1部はフランク一家が隠れ家に入り、摘発されるまでの概略や当時のアムステルダムの状況を説明する内容となっています。前回の記事で紹介した本などにも書かれていましたが、現在は入手困難な本が多いので、ちょうど良いですね。重要な部分がここに引用されていますし、すでに知っている人も良い感じに「おさらい」できるようになっています。

第2部からいよいよ「容疑者」に注目する内容となっていますが、こちらも面白いです。いまさら「犯人」を見つけてどうするの?という疑問もあるとは思いますが、詳細な調査を通じて、占領下でのオランダの暮らし、抵抗組織の活動、隠れ家を探し出すプロの「密告屋」の動向など、社会全体を再構成するようなアプローチがとても興味深く、もう容疑者特定できなくてもこれだけで面白い!と思ったくらいです。

そして、今まで「怪しい」とされていた倉庫番などへの疑惑を一人ずつ検討していく「謎解き」パート。

こんなに容疑者いたのか!という点も驚きですが、厳密に検証してみると、ほぼ全員が「シロ」なのです。詳細な証言をしているケースもあるのですが、実際に現地へ行き、当時の建物の様子などから状況を再現してみると、「目撃した」という内容が見えたはずがないということがわかったりして、結論はいずれも虚偽、あるいは思い違い。まったく別の人や出来事と混同しているのか、単に有名人を知っていると言って注目されたかったのか……。

ベップの息子が叔母の関与をかなり強く疑っていたという所では、「私の父親が未解決事件の犯人だった」という思い込みや疑似記憶の話を思い出しました。

この「コールド・ケース」チームは最終的に「容疑者」を一人に絞り込んでいますが、断定はしていません(できませんよね)。「確度は85パーセント」だそうです。

これ、本文を読んでいる時は「すごい、説得力ある!」と思ったのですが、読み終えてから反論や疑問点を読んでみると、それもそうだなと思わされる所もあります。でも本書にあるように、この説を発表することがきっかけになり、新たな証拠が見つかる可能性もあると思います。

アムステルダムの「アンネ・フランク・ハウス」はこの調査結果に対して次のようなステートメントを発表しています。

  Statement: Anne Frank House and cold case investigation

要約すると「このチームの調査活動は素晴らしいものだが、結論は多くの仮説に依拠しており、重要な部分が未解明のままである。さらなる調査が求められる」とのことです。疑問点として

  • 密告者を密告する手紙のオリジナルはどこにあるのか、またそれを書いたのは誰か
  • その当時のファン・デン・ベルクの足取りは1944年2月までしかわかっていない。密告したと思われる時期には、どこで何をしていたか。
  • 隠れ家リストは本当に実在したのか。実在し、それがナチスの手に渡っていれば同時期に大量の摘発があったはずだが、そのような実績はない。

という点が挙げられています。

ちなみに本書の内容が「間違いだらけ」であると非難しているのはスイスのバーゼルにある「アンネ・フランク基金」という別の団体です。この団体との関係があまり良くなかったことは、最初の方にも書かれていますね。

  アンネ・フランク一家を「裏切った人物」名指しの本、出版社が謝罪

反論を受けて本書は現在、増刷を保留中とのこと。でも電子版は普通に買えるので、どの程度影響があるのでしょうか。


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